涙は煌く虹の如く
第3章 ふれあい
丈也がU島へやってきて1週間が過ぎようとしていた。

初日こそ様々な出来事が起こり、丈也にとっては起伏に富んだ、考えようによっては頭の中で物事を処理することすらままならないものであったが、ここは辺鄙な島である。
そうそう大きな事件が起こるような環境では決してない。
初めは慣れない環境と海斗家の複雑な家庭事情を見せられて戸惑ってしまった丈也であったが、持ち前の順応性で3日目を迎える頃にはすっかり自分のペースで家の中でも外でも振舞うことができていた。

だが…
ここは、海斗家の離れ。
1週間目の昼下がりのこと。
「………」 
丈也は集中して数学の参考書に臨んでいた。
「フゥ…」
息をついた刹那に、
「ミーン、ミーン……」
「ジィジィジィジィ……」
それまで全く気にならなかった複数のセミの鳴き声が響いてきた。
周りが閑静なのでやたらと頭に飛び込んでくる感覚が実に鬱陶しい。
「スッ……」
丈也は気になる気持ちを抑えて再び参考書に挑まんと姿勢を正した。
「………」
「ミーン、ミーン……」
「ジィジィジィジィ……」
しかしながら一旦気になりだしてしまうと物事を打ち消すというのは容易なことではない。

「……クソッ……!」
それまで勉強が調子良く進んでいただけに尚更気勢が殺がれてしまったことを腹立たしく感じる丈也。
「ジリジリジリジリ……」
今度は部屋の中の暑さが気になりだしてきた。
「むぅ…」
「バスッ…」
丈也は何とかこの状況を打破せんと一度集中の意味を込めて参考書に顔を埋めた。
「………」
そのままの状態で十数秒ほど静止していた丈也だったが、
「……アァッ!もう止めっ…!」
「バッサァ…!」
そう言って参考書を放り出してしまった。

(気晴らしでもしようか…?)
考えてみれば食事の時以外はこの部屋にいることがほとんどであった丈也は意を決して外に出ることにした。
”意を決して”というのは大げさかもしれないが、実際のところ海斗家の人間模様を見せられてからというもの、丈也は無意識のうちにそこに首を突っ込むことを避けていた。
美久と話すことはおろか、賢の遊び相手をすることすらなかった。
丈也は何故自分が海斗家に対してバリアを張ってしまったのかその明確な解答を出せずにいた。
< 22 / 79 >

この作品をシェア

pagetop