涙は煌く虹の如く
その途中で、
「丈ちゃんすまなかったなや、今ご飯出すからさぁ…」
と今までの出来事がなかったかのよう久子が取り繕う。
「いらねぇよ…!」
一人怒りが収まらない丈也は離れへと出て行った。
「バダムッ…!」
「………」
乱暴に閉められたドアの側に一人美久が立ち尽くしていた。


離れへと戻ってきた丈也。
「バダッ…!」
ドアをやはり乱暴に扱ってしまう。
「ドッサァ…!」
そのまま部屋にスライディングするようにうつ伏せに倒れこんだ。
「何だよぉっ……!」
抑えようのない怒りが彼の頭をもたげる。
そしてそれを必死に押し込めるべく丈也は身悶えた。

それから一週間後の夜のこと。
時計の針はもうじき深夜2時を指そうとしていた。
U島の夜が更けるのは早い。
夜も9時を回ると各家の明かりは少しずつ消えていく。
娯楽が少ない土地にとってそれは如何ともし難いことだった。

そんな中煌々と明かりが点いている民家がただ1軒あった。
それは言うまでもなく海斗家の離れ。
丈也が一心不乱に数学の問題集に取り組んでいる。
「………」
ひたすら無言の丈也。
「カリカリカリカリ……」
問題集に解答を書き込むシャープペンの音だけが静寂の中で響いていた。

既に8月に入っている。
盛夏と呼ぶべき状況であるのにこの夜に限ってはセミはおろか虫一匹の鳴き声すら響いてこなかった。
だが、それは丈也にとっては好都合であった。
「カツカツカツカツカツッ…」
驚くほど勉強が順調に進んでいる。
シャープペンの書音も力を増してくる。
進んでいるが故に周りの”変調”に気づくことがなかったのだろう。

「………」
海斗家の悶着があって以来、丈也は一家との交流を絶っていた。
「勉強する場所だけ提供してください。炊事も洗濯も自分でやりますから、海斗さん…」
そう久子に言い放っていた。
久子にとってもこの申し出はもっけの幸いだったようで、洗濯だけはしてあげると返し、それ以外の用件では一切丈也に近づいてこなくなった。
丈也はどうして久子がこれだけ喜んでいるかの”真の理由”をまだ知らないでいた。
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