涙は煌く虹の如く
第4章 混乱
すっかり周りの景色も薄暗くなった頃、丈也と美久は家路に着いた。
やっとの思いで戻って来た二人を待っていたのは般若のような顔をした久子の怒声だった。
「何時だと思ってんのや、この不良めが…!」
久子の怒りは明らかに美久へ向けてのものだった。
「………」
俯いたまま黙り込む美久。
「おばさん、いきなりそれはないんじゃ……」
堪りかねた丈也が助け舟を出そうとすると、
「丈ちゃんは黙っててくんねぇか…!これは家の問題だからよぉ…!」
と遮った。そして再び視線を美久へと移すと、
「グイッ…!」
破れ、泥で汚れた彼女のワンピースの裾を荒々しく抓んだ。
「こんっな恥ずかしいカッコで通り歩きやがって…!近所の人に見られたらまた変な噂立てられちまうべよ…!」

「ウッ……!」
およそ娘を気遣っているとは思えない台詞に美久が呻いた。
「カチャッ、カチャッ…」
騒動が起こっているリビングの奥のテーブルでは賢が一人食事をしていた。
こうした光景はいつものことなのだろう、一切の関心を向けることなく黙々と口を動かし続ける賢。
家族の絆が全く感じられない歪みを目の当たりにした丈也にふつふつと怒りの感情が沸き上がってきた。
「噂ぁっ…!?それが何だっていうんだ…!」
吐き捨てた丈也が美久を庇うように久子の前に立った。
成長期にある彼と久子はほとんど同じ背丈で目線もほぼ同じである。
「美久はな虐められてたんだぜ…!8人にな…!なのに話を聞こうともせずに怒鳴り散らすってのはどいうわけなんだよっ…!」
「………」 
丈也が隠し持っている凶暴性を敏感に察知したのか黙り込む久子。
しかし、それは決してたじろいでいるわけではなく、大人が持つ狡猾さを生かして形勢逆転を狙っているように見えた。
そのことを見抜いたのは丈也ではなかった。

「スッ……」
「美久……!?」
美久が丈也の前に出てきた。
「母ちゃん、ゴメンなぁ…迷惑ばっかかけてさぁ…ご飯の後片付けオラやるから、なぁ…」
「う、うん…最初っからそう言えばイイのや…」
美久の殊勝な態度は丈也以上に久子にとっては意外だったらしく、何ともいえない複雑な笑顔を浮かべながらキッチンへと消えて行った。

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