執事の憂鬱(Melty Kiss)
鍵もかけずに歩き出すので、清水が呆気に取られている。
ダークスーツの彼が繁華街に出れば、周りからはサラリーマンにしか見えないだろう。

その視線に気づいて、くるりと紫馬が踵を返す。
同じスーツ姿と言っても、こちらは冗談のように濃い紫色にラメの入った代物だ。
とてもかたぎの人間には見えそうに無い。

「ん?
これ、俺の車じゃないし」

いたずらっ子のように笑うと、手を広げてみせた。
紫馬は昔から、一つ一つの仕草がとても丁寧かつオーバーで、ややもすれば芝居じみて見えるようなところがあった。

それにしても、あのコンバーチブルの捌き方はとても盗品を運転しているようには見えなかったので、清水は内心舌を巻く。

「普通、飲みにいくのに自分の車で来ないでしょ?」

銀組の連中は、誰も彼も「普通」の概念が普通ではない。
清水は何も言わず肩を竦めると、紫馬について歩き出す。

長身の紫馬と清水が肩を並べて歩く様は、それだけでゴージャスで街行く人の視線を集めた。

清水は軽く肩を竦めて見るが、紫馬の方はむしろその視線を愉しむかのようにポケットから煙草を出して、口に銜える。その口許に微笑すら浮かべて大股に足を進めていた。
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