執事の憂鬱(Melty Kiss)
++++++++++

「なにぼんやりしてんの、もう年?」

楽しそうな声で、清水は我に返る。

「いや、お前がヒデさんなんて呼ぶからつい……」

「いいね、その呼び方。
懐かしい」

紫馬が猫のように瞳を細めるのを見て、清水ははっとした。
うっかり「お前」などと……

「別にいいんだって、気にしないで。
心配しなくても、この周りに盗聴器はないし、声が聞こえる範囲に人なんていない。
たまには昔の思い出に浸りたい時だってあるでしょ?」

紫馬がそういうからには、本当にそうなのだろう。
この男の抜け目の無さにはいつだって、どきりとさせられるのだ。

「そう。
なんで、また」

そんなことを調べたのかと思う。
いや、調べるどころか、今日の見張りに睡眠薬でも盛ったのかもしれない。

「いいじゃない。
娘が特別な夜を迎えるときには、親だって少しくらい過去を振り返ってみたいものさ。
ね、たまには飲みに出かけない?」

柔らかい物腰。
柔らかい誘い文句、なのに。

紫馬に向かって「No」と言える人間なんて、数えるほどしかいないんじゃないかと思われる。少なくとも清水は、総長とそして都の二人しか知らない。

そんなわけで。
断ることなど出来ない清水は、紫馬と共に夜の街へと繰り出していくことになったのだ。


< 8 / 71 >

この作品をシェア

pagetop