皎皎天中月
「いつからいた」
「さあ、今気づいた」
 芳空の問いに小声で答えた。芳空は帯に手を回した。その裏から、小刀を取り出す。両手が使えないこの状況では、弓は引けない。明千も同様に小刀を手にした。うさぎ。貴重な食料、しかも肉だ。必ず仕留めなくてはならない。

 二人して、また登っていく。
 うさぎはまったく逃げる様子もなく、こちらを見下ろしていた。まるで二人が来るのを待っているようだ。

「おい」

 とっさに、明千は芳空と目を合わせた。芳空は首を傾げた。今の声は、芳空ではないのだ。明千はうさぎを見上げる。つまり今、うさぎに呼ばれたということだ。
「何をしに来た」
 また。
 明千は小刀を持つ手に力を入れた。うさぎは逃れるように、ひょいと一段登った。
「やめろよ、落とすぞ二人とも」
 言うや否や、低く地鳴りがし、足のすぐ下の岩が塊となって落ちていった。地面は遥か下にあって、その岩が地に落ち、砕けた音はしない。その音の先を見た明千は、知らず知らずに命綱の結び目を確かめる。

「薬を探している」
 声を張って答えたのは芳空だ。
「深仙山という場所にあるという、不治の病を治す薬だ」
 うさぎは耳を機敏に動かした。
「知っているぞ」
 そう言うと、崖をまた登り、二人を見下ろした。
 明千は芳空とうさぎを交互に見た。信じられないことだが、今、確かに芳空は、あのうさぎと言葉を交わした。しかも、探している薬をうさぎが知っているという。
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