皎皎天中月
 恵孝は口元を袖で拭うと、立ち上がった。月と星を見る。二十七日の夜更けだ。いや、日付けの変わるころだろう。あと三晩で朔となる。その翌日、第十一の月立ちの日。その夜。そこまでの辛抱だ。とにかく三日三晩を、北に向かって進めば、深仙山の目指すべき場所にたどり着くのだ。

 菜音、どこにいる。
 共に旅をするか、帰ってくるのを待つか。そう言っていたではないか。あの簪はどこかに落としてきてしまった。

 くよくよするな。自らを叱咤するが、挫けそうになる。
 父が城に囚われた。祖父は老体に鞭打って働いており、祖母はそれを支え、母は気丈にしていることだろう。そこに菜音がいたら、どんなに心強かったか。父のためだけでなく、菜音に再び会うために、と足取りに力が入ったに違いない。あの子が生きていれば、育っていれば。希望となり、家族の灯火となったに違いない。
 ああ、また。
 失った命ではなく、今ある命を。祖父に繰り返し言われた言葉を己に言い聞かす。姫の命を、いや、父の命を救うために、気を確かに持て、杏恵孝。
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