皎皎天中月
 それから、知らぬ間に幻になる。
 手にしていた握り飯が、泥団子や馬糞に変わる。知らずにそれを食べる。菜音もだ。そして腹を壊し、嘔吐、下痢、あらゆるものを身体から垂れ流し、自分は自分や菜音の汚物に塗れている――。

 頭を振って我に返る。
 秋山の夜だと言うのに、着物を絞れば水が出そうなほど汗をかき、肩で息をしている。懐に入れた気付け薬を飲んだ。あのうさぎと別れてから見付けた薬草を、煮詰めて丸薬にして持っている。あの場で菜音の声が聴こえた気がした。あれがそもそもの、この嵐の始まりなのだ。

 菜音は、三年前、死んだ。もう、いない。
 何度それを己に言い聞かせたことか。だが嵐は執拗に襲ってくる。

 思い出させ、幻を見させる。身も心も疲れさせ、山の頂きに辿り着かせぬかのように。
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