皎皎天中月
「これは、衣草。根は鮮やかな黄色の染料として昔から使われてきた」
 地面に衣草を置いて、説明する。根を指していた指を、茎に動かす。
「根と茎は食べられる。ほのかに甘い。その昔、食べ過ぎて体が黄色くなり、裸でも衣を着ているようにも見えるからそう名がついたとも言われておる。食してみるか」
 貞陽は慌てて首を横に振る。
「そう怖がるものではない」
 恵正は笑って土を落とした根を千切り、かじった。
「葉も食べられる。が、これは苦い。毒はないが食べ物では無い」
 そう言うと、恵正は今度は葉をちぎって口に入れる。噛むとしかめっ面をして、ぺっと地面に吐き出した。
「春になれば花が咲く。虫が花粉を運べば種が出来る。花粉は、虫には無害じゃが、人には毒だ。衣草の花粉が体に入ると、くしゃみや鼻水が続くという質の者がおる。恵孝には幼い頃から、このようなことばかり教え込んだ」

「つまり――」
 この講釈の意味を、貞陽は考える。
「若先生が生きられるのは、何を食べて良いかだけでなく、何を食べてはいけないかも知っているから、ということですね」
 恵正は大きく頷いた。
「何に効くのか、どう薬にするか、そんなことばかり、な」
 恵正の表情は誇らし気で、しかし寂しそうでもある。貞陽は何だか胸が苦しく感じて、俯いた。衣草という、見慣れてはいたが初めて名を知った草が横にしてある。その根の先を手に取り、口に入れる。わずかだが、麦を炒った粉を舐めたときのような、優しい甘みがあった。
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