皎皎天中月
 二人の殺気を察したからか、うさぎはさっと身を翻して草薮の中に隠れた。焚き火がある分、余計に闇は暗い。
「探すなよ」
 うさぎの声が、洞穴で話しているかのように頭の周りで響いた。
「刀を仕舞え」
 明千も芳空も、今は小柄を握っていた。いつでもあのうさぎを捌いて肉として食える。
「お前達が来たから、俺はあいつのそばを離れてお前達を見に行ったんだ。俺は犬のようには鼻は効かない。あの大岩の先から、あいつがどう進んだかは分からない」
「薬を知っていると言ったろうが」
 芳空の声が苛立っている。
「そうだ。あいつが教えてくれた。薬というのは、体の調子が悪いときに、調子を戻すのに飲む、草木の実や汁を混ぜたあの苦いやつだろう。それを知っていると言っただけだ。あいつが作った薬を飲んだら、鼻水とくしゃみが止まった」
「蛇殺し草の薬は知らないということだな」
「さっきから言っている、その蛇殺し草ってのは何だ。危ない名前の草だな」
 明千は焚き火にくべていた木を一本引き抜いた。虫がずいぶんと焦げてしまったが気になどしていられなかった。そのまま木を草薮に放り投げ、この辺りを燃やしてしまいたいと思った。そうすればうさぎの丸焼きが食べられる。
「俺を殺したら、お前達は山で迷うぞ。あいつがどこにいるか分からないから、俺はお前達を姐さんのところに連れていくために、お前達の歩けるところで一番近い行き方で進んでいるんだ」
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