皎皎天中月
 強い雨音で恵孝は目を覚ました。だがその雨音は、少し離れたところから届く。体を起こす。地面に沿って腕を伸ばすと、旅の共である行李に当たった。そのまま見上げれば、常緑の大木が枝を広げ、太い幹と共に辛うじて雨をしのいでくれている。服は濡れたままで不快だが、頭はすっきりしている。

「気にしていたんだ、これでもな」
 反対側から降ってきた声の主を見上げる。
「あいつら、お前と違ってすぐに刃物を出して俺を食おうとするんだ。あいつら、お前を追っているんだろう、お前が危ないと思って、少し嘘をついて来た」
 もうすぐ雪も降ろうかというこの時期に裸足だ。家の普請をする職人のような、裾の膨らんだ袴を履いている。
「犬ほど鼻は効かないが、耳は良いんだ。お前が山のどの辺にいるかは分かっていた。だけど分からないと言って、それから、お前が通っていないところを通って登ってきた。二人は、まだ離れたところにいる」
 上衣は着ておらず、何年も何年も力仕事をしているのか、腹や胸の筋肉は逞しく厚みがある。盛り上がった肩には先程見た毛皮を背負い、その毛皮と同じ、真っ白な髪を粗く束ねて顔を覗かせる。
 恵孝は息を飲んだ。眉も睫毛も髪と同じ色だが、若い顔だ。その顔で輝く二つの瞳が、遥か異国の地で採れるという宝玉のように赤い。
「お前は俺を心配してくれただろう? 嬉しかったよ」
 そう言って笑うと白い歯が零れ、その美丈夫を引き立てた。
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