皎皎天中月
 こちらにも蛇殺草に効く薬の当てはない。こんな年寄りの頭ではなく、そちらで何とかしろ。
 言い放ち、恵正はくるりと踵を返した。家の奥へと姿を消す。

「暁晏さん」
 立ち尽くす暁晏に、富幸が声を掛ける。暁晏は苦笑して、外へ出た。
「城に戻るよ」
「あの」
「暁晏」
 富幸の言葉を遮って名を呼ばれた。丹弥である。
「何です、恵弾は城で懸命に……」
「町に医者を返せ」
 丹弥は声低く言う。
「それを決め、章王に言えるのはお前くらいだろう。恵弾がお前に必要なら残せば良いが、いつまで民の医者を奪っておく。私は巫女ではないが、人民が心安く住んでいられる町を作らない王から、人の心が離れるのはわかる。桟章がこの国の王であろうとするなば、穏やかな生を与えろ」
 丹弥はさらに声を潜める。語り部の為せる技か、小さい声でも耳に残る。
「この町に、たかだか五十年前の戦を覚えている者は多い。その後、桟寧は民と町を守ったからな。戦で死ぬ者がないから、穏やかな生の中で民は町を為し、町の繋がりが国となった。桟寧が戦に強かったからではなく、人々が桟寧を支持したから奴は王になったのだ。良いか、王を選ぶのは天であり、民だ」
 それを、その孫、桟章に伝えよ、と。

 
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