皎皎天中月
 恭姫は、王とその家族の私室にて、王たる父の叱責をぼんやりと聴いていた。
 この国の姫であるのに、市井の民と交じり、働くとは何たることか。ましてや、命が限られているのに。民から憐れみを受けたいのか。
 同じようなことを、父はくどくど言い、同じようなことを、隣の母はめそめそと言う。
 何をすれば良いかは言わないのに、何かをすれば否定される。
「わかりました。ご心配をおかけしました。お父様、お母様、ごめんなさい」
 話が途中だろうが、どうでも良かった。
 この叱責の場から、とにかく離れたかった。
「そんないい加減な言葉では、このあとが心配でならない。いったい、恭よ、お前に街に出ることや機織りを勧めたのは誰だ」
 父の剣幕は厳しい。その者の名を言えば、父は罰するだろう。御殿医の暁晏や、暁晏に助言したという杏恵弾の名は出せない。しかし、誰かの名を言わなければ、この場から離れることはできまい。
「私が、決めたことです」
「お前一人で、街で機織りをしようとは思わないだろう」
 機織り。ああ、楽しかった機織り。
 縒った糸が、交差していく、単純な音。
 白い糸から、白い布ができた。
 私の手から、生まれ出た布。
 生きるとは、生み出すことだと知った。

 綺屋から城へ帰る、牢獄のような馬車の中で、恭姫は父の側近に尋ねた。
「光召院、そういう施設を作ることになりました」
「どういう施設なの」
 側近は言い淀んだ。が、恭姫は押して聞いた。側近は静かに答えた。
「治る見込みのない重篤な病の者、身体の自由が効かない者を集め、衣食の世話をしてやり、光に召されるのを待つ⋯⋯穏やかに最期を迎わしむという所です。梨献士が中心となり、神官所が進めている事業でございます」

 私が織った布は、その光召院で使われるとか。
 睫毛を伏せた恭姫の頭の中は、綺屋の建屋の中でたくさんの織機がそれぞれに動くかのように、たくさんの考えが巡った。
「私に機を織らせたのは、神の導きのようなものです」
 足首の蛇が、私を食べ尽くしてしまうまでの日々を、ただこの石の城で待つなど。
 恭姫は、父と母を交互に見つめた。
「私は光召院の梨献士の下に行きます」
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