皎皎天中月
「どこから話す。長く話すのは苦手だ」
「姐さんはここに籠もっているからな」
 玉兎はからかう。が、恵孝はもう構わない。
 膝を立てて横たわる、菜音のかたちをしたひとをじっと見つめる。青白い光の下で、肌に散る小さなそばかすも、菜音自信には見えない位置にある黒子も、そのままそこにある。
「あなたは、何なんだ。どうして菜音の姿をしているんだ」
 同じ言葉を繰り返した。
 苦しい。
 あの血の海から身体を抱き上げたときの、肌の冷たさが指に蘇る。泣きながらその遺体を清め、死者の服装を着せ、引き裂かれるような思いで弔った。

 菜音のかたちをしたひとも、恵孝のことを見つめ返した。眉を顰めて答える。
「お前が、一番美しいと思っている者の形をしているに過ぎない。だがお前は、そんなに険しい顔をするのだな」
 恵孝の顔が更に歪む。
 そう、この顔かたち。一番美しく、愛しく、何ものにも代えがたいもの。失ったときの慟哭が、悲しみが。泉に蓋をしただけなのだ。蓋を外せば、ただひたすらに溢れてくる。
 失った悲しみに交じって、二度と会えないと思った「菜音」が目の前にいる嬉しさがある。弔ったのに。どうやら、「菜音」の顔や声をしているだけで、その人そのものではないというのに。 

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