皎皎天中月
第七章 蛙持薬

天罰

 「この屋敷を見て回っても構わないか」と恵孝が尋ねると、闇の中のひきがえるは「ああ」と、菜音の声で返事をした。やはり、玉兎と同じように、ひきがえるの姿のままでも人語を操るようだ。
 玉兎が「案内してやるよ」と言うので、少しためらったが、「頼む」と返した。うさぎがひょこひょこと前を進んだ。押して開ける扉だったので、玉兎が振り返って恵孝を見上げた。
「その姿が本来の君なのかい」
 訪ねながらも、把手を握って押した。
「そうだな。何にだってなれるのだけど、今、人間の恵孝と話すから、ときどき人間の形になるんだ」
 少し隙間が出来ると、玉兎はそこをすらりと抜けた。恵孝は自分が通れる分、もう少し押し開けて寝所から出た。手を離すと、扉は音もなく閉まった。外に通じていて、広い廂を太い柱が支える廊下が続いていた。灯明こそないが、辺りは満月の夜の冷たい明るさに満ちていて、視界は良かった。
「まず、こっちだ」
 玉兎が数歩先にいた。恵孝はああ、と返事して追いかけた。ただ別段、ここがどういう所なのかを見たかったわけではなかった。
 あの女から、菜音の姿をした、神仙山の蛙から、少し離れたかった。

 父を救うための、この旅の目的に手が届くところまで、どうやら辿り着いた。
 ただただ愛おしく、喪失を嘆きに嘆いた菜音が、まるで蘇ったかのように目の前に現れた。
 あのまま、あの場所に蟾蜍と共にいたら、どうにかしてしまいそうになる。蟾蜍が自ら「お前が美しいと思うものの形をしているだけだ」と言ったのに、それを彼女自身と思い、腕に搔き抱き、その体温を感じたいと思ってしまう。
 医者がやるべきは、今ある命を救うこと。
 そう何度も言われ、自分自身にも言い聞かせてきた。

 
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