皎皎天中月
「蟾蜍だ」
 女は恵孝から離れ、そう言いながら寝床に身体を横たえた。
「何が」
「姐さんの名だよ。恵孝はさっき、姐さんに、あなたは何なんだ、と聞いたろう。その答えだな」
 玉兎は女の布団の隅で丸くなった。恵孝は、その姿に目を落とした。このうさぎは「玉兎」と名乗った。宝玉のように美しい兎、という意味だ。雪のように白いこのうさぎは、人の言葉を話し、ときに人の姿になる。
 恵孝は、女の名を繰り返し、その聞こえた音に字を充てる。
 つまり。
「『神仙山の頂上に蛙がいる。』……」
 祖母が語った古い記録。行李の奥にあるはずの『神仙山記』。
 
 横になった女は、恵孝に顔を向けた。
 目を見開き、顔を歪める。
「お前、私を知っているのか」
 恵孝が頷くと、女は、菜音の姿をしたその者は、暗闇に溶けたように消えた。
 よく見ると、恵孝の掌ほどの大きさの、暗褐色の塊がそこにあった。恵孝は思わず、拳を握りしめた。それはその名の通りの、ひきがえるであった。


 神仙山の頂上に蛙がいる。その蛙が不治の病を治す薬を持っている――
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