愛しい遺書
「オッケー、オッケー!んで、どこのクラブにする?」

「キキはどこがいい?」

「あたしはどこでもいいよ。マナカが決めて」

「んじゃ、マジェンダでいい?」

「いいよ」

いつも行き先はマナカに任せっきりのあたしは煙草に火を付けて窓を少し開けた。ふと見渡した先に明生のシボレーが停まっていた。
あの女は明生の車に乗って来たはず……。どうやって帰ったんだろう。この展望台まで、街灯なんて何本もない。海沿いのグネグネとした暗く長い道を、歩いて帰るのだろうか。

そんな事を考えながら前を向くと、フロントガラス越しに明生の姿を発見した。マナカの車を知っている明生はこっちを見た。あたしの視線が明生を追い掛けているのに気付くと、また片方の唇の端を上げ、そのまま自分の車に向き直り、何もなかったように通り過ぎた。

あたしは明生に釘付けだった。

潮風になびく明生の長いドレッド。唇から吐き出されて流れて行く煙草の煙。

全てが愛しい。

このまま車を降りて、明生の車に乗り込んでしまいたい……。

あたしは心の中で「置いてかないで」と切に呟いた。

そんな願いも虚しく、明生はマフラーを鳴らして去って行った。

あたしの心は人混みの中で母親とはぐれてしまった子供のようだった。

そんなあたしの気持ちに気付いたのか、マナカがポンッと肩を叩いた。

「そんな淋しそうな顔しても、帰さないから(笑)!行くよ!!」

そう言うとマナカはシフトをドライブに入れた。走り出したあたしたちの車の後を、B‐BOYたちがついてきた。

「逃がさねえぞって感じだね」

明生の話題になるのだけは避けたいあたしは、何事もなかったように後ろの車に話を振った。

「アハハ!だよね!!逃げねえよって!」

すつかり意気投合したマナカはテンション上げ上げで、これから起こる楽しみを子供のようにワクワクしている。

「たかがナンパでも運命の出逢いがあるかもしれないし、あたしは常にそれに懸けてるけど、キキにも楽しい恋愛して欲しいって思ってるんだよ!あたしらはまだまだ若いんだから、楽しまなきゃ!」

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