月影
「でもさ、もっと早く連絡するつもりだったんだよ。
けど、タイミングの悪ぃことに九州の方まで散歩に連れてかれてさ。」


これって言い訳っぽい?


そんな口元だけを緩めた顔に、あたしは首を横に振った。


栄えるトライバルの腕に抱かれ、大したことのない会話をしながら、少しばかり落ち着きを取り戻した気がした。



「あたしにお土産、ないの?」


あるわけねぇじゃん、と言った彼は、だけどもきっとわかっていたのだろう。


キスを落とされ、煙草とカルバン・クラインの混じり合った香りを感じた。


ゆっくりと、上に乗っていたジルの瞳は真剣なものに変わり、真っ直ぐにそれはあたしへと落ちる。



「レナ、もうわかってるよな?」


有線は多分、今も小さく流れているのだろう。


けど、そんなの全部が遮断され、唯一耳に響くのは、ジルの紡ぐ言葉だけ。


生きることを諦めてしまったような冷めた瞳は、どこにもない。



「俺は今日のことで、やっぱお前のこと独りには出来ねぇと思った。」


「…うん。」


「でも実際、ずっと傍に居てやるとは言えねぇし、仕事のこと聞かれたとしても、あんな汚ぇ事なんかお前には知られたくねぇんだよ。」


「…うん。」


「俺の気持ちを言うつもりもねぇし、お前の気持ちを聞くつもりもねぇ。
俺はギンより幸せになったらダメだから、そんな俺と一緒に居ても幸せにはなれねぇだろうし、お前のこと苦しめるだけだとも思う。」


「…うん。」


「でもな、ギンや仕事より優先することは出来ねぇけど、それでもお前以上のモンはねぇから。
だからそれだけは、わかってて欲しい。」


一言一句、聞き洩らすことはなかった。


力強い言葉のどこにも好きも愛してるもなかったけれど、気付けばまた、一筋の涙が伝い落ちていた。


先ほどとはまるで別の、あたたかい涙だった。

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