月影
「…あたしもだよ。」


「店長だってもう信じられないし、はっきり言ってあんな葵さんがナンバーワンの店で働くなんて、抵抗もあります。」


擁護は出来ない。


ナンバーワンがお客とヤッてるなんて知られれば、この店の子全員が、そういう目で見られるだろう。


何より、全てがみんなに知られれば、あの店長の下で働こうだなんて子は、確実に居なくなる。


だからこそ、このことを知ってるのがあたし達だけってことが救いでもあり、そして不安にも繋がるのだ。



「サキちゃん、辞めんの?」


「…店、替えるかもしれないです。」


「そう。」


引き留める言葉は当然だけど持てず、あたしはそんな言葉だけを返した。



「…葵さんのこと、信じてたのにっ…」


「あたしだって。」


「…悔しいですっ…」


「うん。」


相槌しか返せずにいると、彼女はふぅっと息を吐いた。



「…セックスって、何なんでしょうね…」


最後の一言は、頼りなく宙を舞い、消えた。


サキちゃんは唇を噛み締めながら、涙を堪えている。


視界の隅には割れた灰皿が残されたままで、いたたまれずにあたしは、目を逸らした。


元々大きな店じゃないんだ、主力だった蘭サンたちも居なくなり、おまけにサキちゃんまで辞めてしまえば、本当にアイズはもう、終わるだろう。


タイタニック号のように、ゆっくりと沈没していくようだけど、あたしは脱出する余力さえ残されてはいないのだから。


もしかしたら、この船と共に沈みゆくのかな、と思った。


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