月影
珍しく今日は、小柴会長が来なかったことだけが幸いだったのかもしれない。


待機室で葵の姿を見るのは、本当に久しいことだった。


でも、「会長が居なきゃ商売あがったりね。」と、どこからともなく嫌味さえ聞こえてくる。


葵は毅然として無視を貫くようにお化粧を直していたが、古株のキャストたちは鼻で笑っていた。



「葵、今話せる?」


彼女の前まで行くと、瞳だけが持ち上げられた。


仲直りってわけでもないけど、いい加減、こんな空気も耐えられないから。


それでも葵は、話すことなんかないとでも言った風に無言で立ち上がり、トイレにきびすを返した。



「レナちゃん、やめときなって。」


「そうだよ。
あんなの放っとけば?」


追い掛けようとした時、そんな声に制止される始末。


とにかくみんな、葵の一挙手一投足が面白くないのだろう。


もうこの問題は、葵が辞めなければ終息はしないのかもしれない。


それでも、彼女が辞めれば小柴会長がいなくなることを思えば、誰も表立ってそんなことを口には出来ないのだ。


今のアイズは、良くも悪くも葵なしには成り立たなくなっているのだから。

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