月影

彼らと彼女

数日後、開店前のフロアに、ひとり佇む男を見た。


それが誰かは、聞くまでもなかった。


系列店から来た新しい店長だと名乗るその彼は、表情ひとつ変えることはなく、「よろしく。」とだけ。


あたしを育ててくれたあの店長は、昨日の今日ですげ替えられたというわけだ。


覚悟はしていたはずなのに、ショックを隠しきれなかった。


新店長が前に居た店で働いたことがあるという古株のひとりは、「怖い人だよ。」と教えてくれる。


敏腕ではあるけど、稼げない子は平気で切るのだ、と。


そんな人の元で、あたしに何が出来ると言うのだろう。


例えアイズが立て直ったとしても、あの頃の姿はきっと、取り戻せない。



「レナさん。
あなたならもう少し、同伴の本数を増やせるはずです。」


早速あたしが言われた台詞がこれだ。


つまりはあたしの実力でも見ようということらしいが、笑顔の下で、冷たくも距離を置くような敬語を使う人だと思った。


もちろんそれは全ての人にだが、今のあたしにとっては、それくらいでちょうど良かった。


だけども当然のように、不満の声は聞かれた。


多分新店長は、嫌なら辞めてくれても構わない、とでも言いたいのだろう。



「キツイねぇ、噂通り。」


美妃サンも、さすがに苦笑いと言った様子だった。



「優香ちゃんなんか、出来ないならあなたはその程度ってことですよ、とか言われたらしいよ。」


「ホントですか?
だってあの子まだ、新人でしょ?」


わざとのような美妃サンの口真似に、だけども笑うことは出来なかった。


だってここがあたしの正念場なのだから。


アイズに居られなくなるということは、居場所がなくなるということ。

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