月影
泥酔でもしようものなら新店長に見限られるという恐怖もあり、毎日は気を張った状態だった。


葵は一度だけ事情聴取されたが、今は落ち着くためにも実家に帰っているのだと、人づてに聞いた。


拓真には、あれから連絡はしていない。



「…ジル…」


いつも通りの仕事終わり、店の前に見慣れたセダンが止まっていた。


彼はそれに体を預けるように佇み、煙草を咥えている。


今日は彩が休みの日だ。



「乗れよ。」


そんな一言を放ち、ジルはさっさと車に乗り込んでしまう。


少しの緊張に支配されながら、あたしも同じようにそれの助手席へと乗り込んだ。


ただ、会いたいと思っていた。


張り詰めた中で生きることにも疲れ、未だ眠ることを知らない街へと視線を投げる。



「忙しそうだね。」


嫌味ではなかった。


それでも、無意識のうちにそんなことさえ口をついてしまうほど、重苦しい沈黙だった。



「誕生日、もうすぐだね。」


「何が変わるわけでもねぇのにな。」


「人はきっと、そうやって無意識のうちに年を取っていくんだよ。」


「…嫌なこと言うねぇ。」


本当は、聞きたいことなんて山ほどあったのに、結局出来たのはこんな普通の会話だけだった。


報われない恋だと言ったギンちゃんの言葉が、また頭をよぎる。

< 293 / 403 >

この作品をシェア

pagetop