月影
あの人の悲しそうに笑う顔が、上手く思い出せない。


「大丈夫だ。」と言った時の顔、「俺が居る。」と言った時の顔。


どれを取っても上手く思い出せなくて、小さな安堵感に支配されていたはずの時間ですら、真っ黒いものに塗り潰される。





ジルを怖いと思ったことなどなかった。

ジルはジルだと思っていた。




例えどんな男だろうと、

それでも良いと思っていたはずなのに。




なのに今は、堪らなく怖い。



ジルの恐ろしいほどに冷たい瞳。

嶋さんのムスクの香り。

ギンちゃんの少年のような笑み。



全てに恐怖して、
手首の冷たさを握り締めた。









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