月影
聞いたあたしの方が、逆に驚いてしまった。


まさか、無意識のうちにこんな言葉が口をつくなんて。


何でもないの、と笑ったが、彩は考え込むように視線を下げた。



「レナさんは、そういうの出来ます?」


「…え?」


「誰かのために自分を犠牲にするのって、どう思います?」


不意に、ジルの顔が脳裏をよぎった。


あの人は、いつだって誰かのために、自分を犠牲にしてきた人だ。



「あたしが風俗に行けば、彼は満足すると思いますか?」


聞きたくない台詞だった。


彩が風俗に行けば、きっとジルはそこで彼女を捨てるだろう。


それはわかっていても、彩はそうでなければ捨てられるとさえ思っているはずだ。


戻れない入口に立った彼女を前に、言葉が出なかった。



「彼の事業、危ういらしいんです。」


ジルが貿易会社の名刺を作っていることは、知っていた。


多分それを理由に、彩からお金を引っ張っているのだろうとも思う。



「…何かしてくれ、って、頼まれたの?」


問うと、彼女は首を横に振る。


きっと彼らはそうやって、女が勝手にしたことだ、と言い逃れているのだろう。


他人から見ればこれほど滑稽なことはないが、それでも愛や恋は、時に人を盲目にさせるのだ。


本気だ、と言っていたときの彩の顔を思い出すと、心苦しくなった。

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