求命
男はもうベンチに座っていた。はじめての仕事だから、かなり余裕を持って家を出たつもりだ。その証拠に、公園にある時計は八時四十五分と表示されている。
「は、早いですね。」
「あなたこそ、早いですね。」
「あ、いや、その・・・。」
恥ずかしいから、初仕事ではりきって来ましたとは言いにくい。大伍は言葉を濁し、その場をしのいだ。
「いや、そんなにやる気を出してくれてうれしいです。長年待っていたのは、今日この日のためだったんだって実感出来ます。」
大伍の心づもりを理解し、そのように言った。理解するのは簡単だった。早く来たせいもあるが、背中にいるダルマ。ダルマのように大きな鞄が、大伍のやる気を表現していた。
「こ、これはですね・・・。」
と言うものの、そこから先の言い訳が思いつかない。顔は真っ赤に染まり、それがますます大伍から言葉を奪った。
「そんなに否定しなくてもいいじゃないですか。うれしい事に代わりはないんです。それより、そろそろ仕事お願いできますか?」
「あ、はい。」
返事をしたはいいが、何をするわけでもない。大伍は男の隣に座った。
「本当にこれだけでいいんですか?」
「はい。これだけでいいです。それじゃ、また夕方に来ますから。それまでここにいて下さいね。」
「わかりました。」
男はどこかに行ってしまった。
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