求命
暗い夜道を歩く女がいた。その手には闇市で手に入れた芋があった。物陰から男は様子を見ていた。女が二十メートルも行ったところで、ゆっくりと身を潜めるように後をつけた。
元々、それほど人は歩いていなかった。その通行人達も、一人消え、二人消えとなり、いつしか歩いているのは女しかいなくなった。その事を女も感じたのだろう。無意識に歩調が早くなる。草を踏みつける音が強くなる。
今しかない。男は思った。女との距離を一気に詰め、そして押し倒した。
「きゃっ・・・。」
声を上げようとしたが、すぐに口を塞がれた。男の右手が、女の顔を歪める。
「はぁ、はぁ・・・。」
呼吸は荒くなる。心臓も破裂しそうだ。今まで、こんな事をした事はない。戦争が始まる前までは貧しいながらも、普通に、ごく普通に生活していた。だから、尋常な精神状態ではない。目が泳いでいるのもそれの表れだ。
左手を女の細い首に押し当てる。もっと大変なものだと思っていた。女とはいえ、立派な大人だ。まさか、こんなに簡単にとは思いもしなかった。あっけなく、女は死んだ。それはまるで小枝を折るように簡単だった。
「はぁ、はぁ・・・。」
相変わらず、呼吸は荒かった。しかし、この荒さはさっきまでの荒い理由とは異なっていた。快楽からの呼吸の荒さ。それだった。その証拠に男の一部は、その快楽に反応していた。人を殺す事が、こんなにも喜びを感じさせてくれるものだと、はじめて知った瞬間だった。
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