求命
「あれ、なんだ・・・これ。」
手に傷がある。それもいくつかは治りかけているようだ。大伍はベンチに座ったままだ。その仕事を今日も実行している。それなのに何故傷があるのだろうか。それに治りかけていると言うのはどういう事だろうか。理解できない。
人差し指で、その傷を触ってみる。ゆっくり、手の先から始め肩の方へと動かす。始めは痛くない。治りかけているせいだろう。それが前腕の中辺りから、ひりっと痛み出す。
「痛っ。」
場所によって、傷の深さも違うようだ。
今日した事を思い出してみる。まず、公園に着くと、いつものように男はベンチで待っていた。軽い挨拶をすると男はいつものように消えていった。ここだけを思い出すと、これが今日の事なのか、それとも昨日の事なのか思い出せないほどに同じだ。
次にどうしたのだろう。改めて考えると記憶が明確にならない。今の今までの記憶がごっそりと抜けている。
「さっきまで・・・何してた?」
突如、頭の中を深い霧が覆う。決して晴れる事のない深い霧。その中にいるだけで苛つく。右に行っても、左に行っても霧は深い。どこにも出口は見つからない。
「ど、どうして・・・?」
いたこだった祖母が言っていた。こんな時は深呼吸をして落ち着くのがいいと。それを実行した。深く息を吸い込む。同時にいい香りも吸い込んだ。
「ん?」
それはどこかの主婦が買った焼きたてのパンの香りだった。
霧が消えてゆく。晴れたその先に見えたもの。それは女の死体だ。首が変な方向を向いている。
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