求命
「いってきます。」
何日かでもきちんと仕事をしていると、自分に自信が持てるのだろう。大伍は気持ちのいい返事をして家を出て行った。
母親もその後ろ姿を笑顔で見送る。平和な、とても平和な家族の一コマだ。
「さて、朝食の後かたづけしないと。」
母親は玄関から台所に向かおうとした。その時、後ろから声をかけられた。
「おはようございます。すみません。」
がたいのいい男が一人、もう一人は華奢な女が立っていた。男は黒のロングコートを羽織っている。安物なのだろう。裾あたりがほつれている。しわもすごいので、ますますみすぼらしく見える。対して女はきちんとしていた。赤のロングコートを着ているが嫌味な部分が一つもない。凛としているとは、彼女のような人物を言うのだろう。
「はい、どちら様?」
近所では見慣れない人物だ。かと言って勧誘の類とも思えない。そんな雰囲気は微塵も感じられない。母親は警戒しながら聞いた。
「こういう者です。」
警察手帳をはっきりと見せた。
「警察の方?」
「はい、少しお話を聞きたい事がありまして・・・。ところで、さっき出て行かれたのは息子さんですか?」
「・・・そうですが、何か?」
それを聞き男は無線を取り出した。母親に内容が聞こえないように、玄関から少し離れ誰かと話している。それを見て、母親はますます不安になった。
「いったい、何なんですか?」
「いえ、たいした事ではないんですが・・・。」
「たいした事でないって・・・。こんなに朝早く、息子が・・・大伍が何かしたって言うんですか?」
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