ふたり分のありがとう
初老の男
ラッシュに、まだ早い夕暮れ前の電車の中は、立っている人が7、8人という混み具合だった

電車が駅のホームに滑り込み、ドアが開くと
すぐさま、ひとりの初老の男性が乗りこんできた

彼は、入ってきたドアのわきにあるスペースにおさまり、壁に寄りかかって、ため息をひとつ…


彼が立つすぐ横の席には女子中学生が座っていた

試験前なのか、開いた参考書に緑色の透明シートを重ねて、一心不乱に暗記している

初老の男性に気づいた彼女は、チラリと彼のほうを見やった

…が…

また参考書へと顔を戻した


3、4秒経ったろうか

女子中学生は、おもむろに参考書を閉じると、すくっと席を立った

「どうぞ」

彼女は勇気を振り絞って初老の男性に席を譲ったのだ

ところが、男は大きなため息をつき
「構わんでくれ。席を譲られる歳でもない」
と、ぶっきらぼうに言い放った

中学生は消え入りそうな声で「ごめんなさい…」と、つぶやいてギュッと唇を噛んだ

女の子が再び席につこうとした

その時
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