悪魔は甘く微笑んで【恋人は魔王様 番外編◇ドリーム小説】
「ゴメン、まだ、日本語に不慣れで」

「ううん、今の、何語?」

「イタリア語。意味は、そうだな。
今度会うまでに調べておくよ」

……今度会うまで?

「じゃ、またね」

そういうと、彼は。
入ってきたときと同じように、窓際に歩み寄り、空いていた窓から当然のように飛び降りた。

……え?

私は目を丸くする。
だって、ここって、三階――

慌てて、窓際に走り寄る。
でも、下を見下ろしてみても、特に変化はなかった。

長いはしごがかかっているわけでもない。
屋上からロープが垂れ下がっているわけでもない。
どうやって、入ってきてどうやって出て行ったのか……。

……今の、何――?

ピアノの練習時間に限りが無いのなら、また、コンクールまでに時間がたっぷりあるのなら、私はすぐにでも音楽室を抜け出して彼を探しに行きたかったのだけれど。

現実がそれを許さない。

私は諦めて、ピアノの前に座りなおす。

『a suo beneplacito』

頭の中に、さっきの彼の柔らかい声が甦ってくる。
あ、この言葉、知ってる……。

あまりにも流暢なイタリア語で分からなかったのだけれど。

ア・スオ・ベネプラチートっていうのは、音楽用語でもあるの。
意味は、『随意に、意のままに、自由な表現で』

私は思わずくすりと笑う。
なんだか、さっきよりずっと楽に指が動くような気がした。

< 14 / 88 >

この作品をシェア

pagetop