霧の向こう側
「…………」
 少女は、何と答えてよいか判らなくて、足をプラプラさせながら青年を見つめ続けた。
「でも……寂しかった。
 寂しくて悲しくて一人では耐えられなかった。心に夜が訪れた様な寒さを覚えた。そんな思いを抱えて、ふらふら歩き回るうち、誘われる様にこの公園に入ったんだ。そして、このブランコに気が付いたら腰をおろしていた。
 ……そして、いつの間にか、人ではないものになっていた」
 そういって青年は眉をひそめた。
「お兄ちゃん達の様な存在はね。永遠にここに縛りつけられる。
 心が満たされない限り……」
 少女は不思議そうに聞き返す。
「心が満たされない限りって?」
 青年は優しく笑った。
「自分が何を引換えにしても良いくらいに欲しいと思っていた物を手に入れた時。心の中が幸せでいっぱいになる時の事だよ」
「……じゃあ、お兄ちゃんにとっての、その幸せってなぁに?」
 青年は笑顔を向けて少女の頭を優しく撫でた。
「な・い・しょ」
 そしてウインクをした。
「…………」
 少女は真面目な顔をして柵を下りた。そして、トコトコと青年の前まで来ると、屈み込んで見上げる様にして青年の顔を覗き込んだ。
 青年は、今はもう瞳を潤ませていなかった。
「うそうそ!今の幸せは“かな”ちゃんと遊ぶ事かな」
「どうして?」
 青年は笑顔を少女に見せる。
「だって、かなちゃんに会うまではね、寂しかったのは本当だよ。だって、そこに俺は“いる”のに、みんなはそこに誰も“存在していない”様に無視をするんだ。
 無視をされるのはとても辛いよ。
 始めは自分がどの様な姿になっているのか判らなかった。いろんな人が俺にぶつかり、俺を空気の存在の様にすり抜けていく。見えていないんだよ、俺という者がね」
 そういって青年は苦笑した。
「それでも、その事を自分で認めたくなくて、最初のうちは無駄な事をいっぱいやった。
 自分からぶつかっていって自分自身の存在を確かめたくて、『ばかやろう!気をつけろ』って怒られてみたくて、似たような事を繰り返したんだ。
 あきもせず……ね。
でも、結果は何事もなかったかの様に、みんなは俺に気付かなかった。
 そんな中で、かなちゃんだけだったんだよ。
 振り向いて俺を見てくれたのは」
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