ベイビーベイビーベイビー
 

 しかし、綾乃は頑なであった。

「おしまいよ。私には食べていくお金も無いんだから。
 私がこんなに苦しんでいるっていうのに……。
 祥吾だけ幸せになるなんて、そんな事させてたまるもんですか」

 吐き捨てるようにそう言うと、紅茶のまだ残るカップはそのままに、綾乃は席を立った。

 そして、

「幸せな結婚をしたお姉ちゃんには分からないよ」

 と呟くと、再び自分の部屋へと消えてしまったのだった。


 大くの夫婦がそうであるように、綾乃の姉も決して「結婚」の上に胡坐をかいて、何の苦悩もなく楽に生活を送って来たわけではない。

 常に幸せでありたいと願い、喧嘩もしながら手探りで愛情を与え合い、許し合い、今日がある。

 それでも信頼できるパートナーに出会えたことはやはり掛け替えのない財産で、それについては綾乃も一度は叶えられたのではないか?



「甘ったれ」

 綾乃の姉はため息混じりに小さく漏らすと、紅茶を飲み干した。


 そして二人分のカップを洗うと、この居心地の悪い実家を早々に後にしたのだった。







~『ベイビーたちの日常』綾乃 ~

< 72 / 475 >

この作品をシェア

pagetop