堕天使の涙
標的
人差し指が向かった先には一人の男が立っていた。男は信号待ちをしながら携帯電話を忙しく押し続けていた。

年齢は…三十歳を少し越えた位に見えた。髪の毛は茶色いものの、表情や風貌から青年とは少し違った様子が窺い取れた。

自分よりも一回り小さいその体格に安心したせいだろうか?無意識に指差したものの、
もっと年老いた先の短い、簡単に殺せそうな人間にしておけば良かったと軽く後悔をし
た。

本当に何となくではあるが、その男を殺したいような感情が芽生えたのだ。誰かを殺さなくてはという脅迫観念から来るものだろうが、私には彼が少しづつ本当に憎い人間に見えて来るのだった…。

しかし、どうやってまだ体力もありそうな自分より十歳以上は若いであろう男を殺せばいいのか。

私は凶器になるような物は何一つ持って居なかった。

紐状の物で背後から首を絞め殺すか…しかし、抵抗された時に若い男なら逆にやられてしまうかもしれない…。

やはり年寄りに変更するべきかと、振り向き青年を見ると、

「ナイフ、貸そうか?」

幾分大人しくなっていただけに、その言葉に対し背筋が寒くなるのを感じた。

一応念の為にと私は無言で彼に手を差し出した。

自分から言い出した割に彼は少し驚いた様に見えたが、バッグからサバイバルナイフをゆっくりと取り出し、私の掌に置いた。

ベルトに差し込むと、長めのYシャツで覆われ、一見しただけでは分からない程度に隠れた。

ちらりと先程の男に目をやると、横断歩道を渡り切りゆっくりと遠ざかって行くのが見えた。

今すぐに追わなければ見失ってしまうかもしれない…。焦る私を見兼ねた様に青年は私の右側からすっと前に出ると、足早に横断歩道を渡り出した。

信号が赤に換わろうとする…。

私も止むを得ず彼の背中を追い掛けて走り出した。
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