堕天使の涙
跳び起きた私はひどく寝汗をかいていた。

息を切らせ振り向くと、たまに顔を出す猫が用心深くこちらを覗き込む。

再び寝転び、天井を見上げ大きく一息つくと、そっと近寄り私の周りを静かに歩き続け
た。

夢…。またあの夢を…。あの男のあの顔、忘れる事など出来ないのか…。

ただ…いつもと違ったのは、その前に見た大金を掴んだ自分、その金を手にし、社会に復帰した自分の姿…。

あの青年の存在さえも夢であったのではないかと思ったが、咄嗟に探ったポケットから取り出した一万円札を見付け、三日前の記憶が蘇る…。

「少し考えてもらっていいよ。これはとりあえずだけど。やらなくても別に返してくれとかは言わないから。」

そう言って彼は私に一万円札を渡し、更に熟慮する猶予を与え、去って行った。

良く考えれば私がやるとでも思ったというのか…。

馬鹿げている。冷静になればそんな話に乗るはずがない…。金の為にまた人を殺すなどと…。

猫が何かを嗅ぎ付け、素早く駆け出す。

…誰がこんな場所に?

しかし、踏み込んで来る者はいない…。

小雨の降る中、布で作ったドアを開けるとそこには彼が傘を片手に立っていた…。


単身で、思い付きで計画したにしては随分と事は上手く運んでいた。

後は逃げ切るだけだった…。アクセルを踏んだ瞬間、私は逃げ切れると、そう思った。

アクセルを力一杯踏んでからあの路地の曲がり角を曲がるまでの二分間…。

誰にも捕まる事などなく、手にした金を息子の待つ家に届けるだけだった。後は大通りに出て、更にアクセルを踏み付け逃げ去るだけだった…。

ボンネットに跳ね上がった何かは次の瞬間にフロントガラスにへばり付きこちらを凝視した。

目が合ったその刹那、彼はどこへとも無く視界から消え失せた。

人を…跳ねた…?

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