白銀の景色に、シルエット。
背合わせ





 漆黒という言葉の合う、乙夜。

 朔の日である今宵は月読命の御加護が受けられず、妖や化生が蔓延る。その為に多くの者が早々に引き籠った。

 例外があるとするなら、女の元へ通う為出歩く男がいるくらいだ。

 ──宿直していた一人の男が不穏な空気を感じ取り、ついと空を見上げた。

 何かが起こるのではないかという胸騒ぎがする。


「何だ…?」


 男はぼそりと呟き、思案げに顎に指を添える。

 早鐘が打つように速い脈拍。背筋が凍る思いというものを、男は初めて感じた。


「星の動きが変わりました」


 不意に横からした声に驚き、目を向けた。


「陰陽師殿」

「貴方は少し、星見の力をお持ちのようですな」

「いや、星見が職である陰陽師殿の足許にも及びませんよ」

「そうでしょうか。陰陽寮に入らなかったからと言って、力の有無は量れないものです」


 穏やかな印象を与える男は印象同様に柔らかな、貴族を思わせる物腰で受け答えした。


 従七位の位を賜る陰陽師だ。

 男はこの陰陽師をよく見掛けていた上に、名も知れている。自分より下位の陰陽師に丁寧に口利くのは、年嵩であるからだ。


「注意して下さい。何事か起こるやも知れませぬ」


 珍しく真剣な面持ちで提言する陰陽師に、男は重々しく頷いた。陰陽師の勘は鋭く、占や星見は恐ろしいほどに当たるのだ。

 その事をこの男はよく分かっている。


「それでは私は右近衛府に向かいます」

「ご苦労様です」

「……もう一つだけ」

「はい、」

「失せものの相が出ております。お気をつけ下さい」

「失せもの?」

「ええ。それと……いえ、これは申し上げぬ方が良いでしょう。どうか、あまり隙を見せませぬよう」

「え?」

「それでは失礼致します、左近衛府少将様」


 深々と頭を下げ、年嵩の陰陽師は右近衛府に向かって行った。


 正五位、左近衛府少将。名を、藤原頼正という。

 何事に置いても真面目で、実直誠実な男であるが故に、上からの信頼も厚い。
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