白銀の景色に、シルエット。
「その時はその時さ。待宵姫が幸せなら、俺はそれでいい」


 頼正は苦笑する。

 松明の火に照らされ、口から漏れた白い吐息は淡く消え去った。

 幸継はやれやれと大きく息を吐いた。


「春待月、か。早いものだな。もう一年が終わろうとしている」


 幸継は感傷に浸りながら染々と呟く。

 ──本当に、たくさんの事があった。左衛門督に昇進し、それから…。


「幸継?」


 馴染みの不安そうな声に、幸継は我に返った。


「ああ、済まない。この一年を顧みていた。で、何だ?」

「いや。待宵姫が、庭の水仙が花をつけたから幸継と見に来いと文を送って来てな」

「そうか。人も植物も皆、春を待つ準備か。正に春待月」

「幸継……お前はつくづく」

「左衛門督様ー!! 左近衛府少将様ー!!」


 頼正の言葉を掻き消し、血相を変えた男がこちらに向かって来る。


「右近衛府源曹…?」


 頼正は知人である右近衛府源曹に駆け寄った。


「どうした、源曹」

「はいっ……あ、の…く、曲者です! 今、右近衛に数人襲って来ておりまして!」

「助けを請いたいのだな?! よし分かっ…」

「いえ、少将様! こちらにも向かって来ているやも知れませんという事を知らせに参った次第です!」

「何だと…?!」

「右近衛では舎人達が対峙しております故、ご安心下さい! それでは!」


 用件を済ませた右近衛府源曹は勢い余る炎の如く走り去った。

 妙な静けさが残る。


「……左衛門督様」

「ああ。どうやら、もうお出ましのようだな」


 二人はついと陽明門を見つめた。

 ゆらりと蠢く黒い影。


「二人か」


 厳かに幸継が呟き、槍を構える。頼正も固唾を飲み、弓を引く。

 黒い影はゆらりゆらりとこちらへ向かって来た。

 松明の火明かりにより、影の正体が明かされる。
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