スタッカート
発表会当日。


舞台裏で自分の順番が来るのを待っていると、藤森先生が声をかけてきた。

「東子ちゃん、緊張してる?」

私は心配そうなその声に、曖昧に笑って返す。


―…上手く、笑顔が作れない。
心を埋め尽くす黒いもやもやに、私の心は押しつぶされそうになっていた。

「緊張というか…不安です」

そう、と先生が小さく呟き、長い睫毛を伏せる。
そして、ゆっくりと、確かめるように言葉を零した。

「もうね、いいのよ」


意味が分からずに、隣に立っている先生のほうを見る。
伏せられた大きな瞳が潤んでいるのが分かり、胸をギュッと掴まれたような感覚を覚えた。


「もう、何にも縛られなくていいの。あなたはあなたの音で弾いていいのよ」


そう言って、先生は私の背中をそっと押した。



それと同時に、私の名前が会場に響き渡る。

―私の番が来たのだ。



ほんの一瞬、ステージに向かう足を止め、先生のほうを振り返って少し笑って見せた。


涙が出そうだった。
視界が滲んでしまって、その時の先生の顔は見れなかったけれど、きっと、笑ってくれたと思う。



私はこんなにも、温かい人たちに囲まれていたんだ。


スポットライト。
暗い観客席。
たくさんの視線。



確かな足取りで、目の前に構えるグランドピアノに向けて足を進めた。
< 100 / 404 >

この作品をシェア

pagetop