【短編集】僕達の夏
「変な奴?」
「"『在る』と思うか?『ない』と思うか?"って聞いて来たんだ」
辺りを見渡す。
朱色に染まった公園に僕達以外の人影は見当たらない。
なんだか、ひどく懐かしい感じがして、ふと高校時代の記憶がよみがえった。
抜け落ちた記憶の向こうで、"あの男"が笑った気がした。
「お父さん?」
黙り込んだ僕の思考をあどけない息子の声が引き戻す。
「あまり知らない人に着いて行ってはいけないよ」
「話をしただけだよ」
「さぁもう帰ろう。母さんも晩御飯を作って待ってる」
「さっきまで本当にいたんだよ?」
一生懸命訴える息子に僕は曖昧な笑みを向け、細く柔らかい髪を撫でた。
「それじゃあ神隠しかもしれないね」
「いまどき、神隠しなんて嘘っぱちだって、みんな言うよ」
「そうやって忘れられて失われた世界も、僕達の知らないところで本当は存在してるものなんだよ」
どこかで、蜩(ヒグラシ)の声が聞こえた。
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