1000文字小説
欠片
 会社の残業帰り。疲れていた私は、不注意にも赤信号を渡ってしまった。
 迫るトラック。衝突し、視界が回る。命の危機なのに、頭に過ぎったのは、恥ずかしいな、という羞恥心だった。
 気付くと、真っ暗な部屋にいた。スポットライトが当たる。光の中心に、私が立っていた。誰かが来る。少年だ。幼い頃の『私』だった。情けないくらいに泣いている。
 私は、この『私』が大嫌いだった。
 少年時代に積み重ねの努力をしなかった所為で、大学時代に苦労した。三流大学。就職は厳しい。私は過去の『私』を怨み、これ以上後悔しないように努力した。一流企業に就職出来たのは、大学からの私の努力に他ならなかった。無能な少年時代の『私』を私は心の中から捨てた。
 『私』を見る。何もせずに泣いている。意気地なしで消極的な愚図。嫌いだ。こんなの私じゃない。嘲りを存分に込めて、睨み付ける。『私』は脅えて、体操座りをし、ぎゅっと縮こまった。震えて泣いている。
 親が離婚し、父が去り、母からは見離された。お前さえ居なければと理不尽に邪魔者扱いされた。友達もいなかった。独りぼっちの『私』。今、未来の自分にすら嫌われている。
 いい気味だ。何もしないからだ。でも、心が苦しかった。こいつの辛さを一番理解しているのは、私だったからだ。

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