ひと夏の片思い
片思い
私は山崎の車の助手席に乗り込んだ。
「親父のだけど」
よくあるファミリーカーだ。
「お父さんは医者じゃないの?」私は何気なく聞いた。
「いや勤務医だよ。勤務医はそんな儲からねえよ」
医者イコール外車という私の思い込みは間違いらしい。
「しかし、君の友達も冷たいよね」山崎が唐突に言った。
「千冬はいつもそう」私は自分の手を見下ろした。「遊ぶ約束してても彼に呼ばれたら帰っちゃうし」
「君は違うの?」
「私は先着順かな」
そんなたわいもない話でも、彼と話すのは楽しかった。流れる夜の街を眺めながら家がもっと遠かったらいいのにと思った。
でも一時間もしない内に車はうちの前に着いた。
「じゃあまた」
彼が言った。暗くて表情が見えない。
「あのさ、またコンパしようよ」私は思いついたように言った。「これ私の電話番号。またねっ」
一方的にしゃべりまくって紙切れを渡してドアを閉めた。テールランプが消えるまで見送った。
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