君が為に日は昇る
骸の山にはためく旗印。一つは幕府。もう一つは彼には見覚えのない物だ。


二年間、いや幼い頃から仕事を除けばほぼ黒間の村で過ごした彼は外界を知らない。


戦う事以外、何も知らないのだ。


━不味いな。ここまで…。


ここまで大きな戦ならば。確実に敗走兵が出る。


戦の中で時たま、その恐怖感や不利な展開から逃げ出す兵がいる。


彼等は逃げる為には手段を選ばない。食料や金銭、隠れ場所を得る為、時に略奪や殺生を犯すことがある。


そう。『紅葉の森』に一軒、ひっそりと佇むお稲婆の家など彼等にとって恰好の的なのだ。


加えてもう一つ。彼とお雪が御尋ね者の可能性。


二人は『盗賊村』の生存者。もし隠れ場所が見付かり、幕府の軍勢でも来ようものなら次は、無い。


━まだ今なら、二人を連れて逃げられる。


頭をよぎる考え。だがその考えは彼を新たな絶望に導いた。


━逃げる。…どこへ逃げるというんだ?


そう。お稲婆はこの『紅葉の森』の暮らし。彼とお雪は今は無き『黒間の村』の出身。


行き場など何処にも、何処にもないのだ。
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