粉雪
『黙れ、ボケが!』


河本の一声に、男は唇を噛み締めて押し黙った。


一瞬にして、沈黙が車内を包む。



『ハッ!ホントに上等切る女だなぁ。
堅気にしとくには勿体無ぇ。』


煙草を一本抜き取り河本は、それを咥えて遠くを見つめた。


カチッとライターの音が響き、あたしはゆっくりと口を開く。



「…河本さん。
アンタ、天下取りなよ。」


『―――ッ!』


瞬間、河本は目を見開いてこちらに顔を向ける。



「…あたしも隼人も、アンタのおかげで良い生活出来てたのは事実だから。
それだけは、お礼を言うよ。
だから最後に一つだけ…。」


ゆっくりとあたしは、河本の瞳を捕らえた。



「あたしの代わりに、組長を殺して!」


『―――ッ!』


あたしの言葉に河本は、戸惑うように目線を泳がせて。



『…オイオイ…。
極道はすぐに手の平返すんだぜ?
今の話、全部嘘だったらどーすんだ?』


「だったら、アンタを殺す。」



迷いは、ない。



『ハッ!おっかねぇ女だ…。
安心しろ、今の話に嘘はねぇ!』



マンションまで送られ、あたしは無言で車を降りた。


これから一体、どうすれば良いの?


何もかも失い、隼人も居ないこの世界…。



生きていくことなんて、出来る訳がない―――…




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