粉雪
香澄は、本当は別れ話を切り出した隼人に逆上し、

あたしを脅すつもりで、あの日、朝から店の前に居たらしい。


だけど、あたしと隼人の姿を見つけ、居ても立っても居られなくなった、と。


刺すつもりなんかなかったらしい。


でも、あの雨でぬかるみに足を取られ、

気付いたら、刃物が隼人のお腹に突き刺さっていた。


逃亡していた香澄は、3日後に警察に捕まったみたいだ。



マツにニュースなんか見させてもらえなかった所為で、

あたしが知っているのはこれだけの情報しかない。


散々騒がれた“犯罪者の死と、影の女”の話題も、

いつの間にか芸能人の泥沼離婚でマスコミの話題から消えた。



そして、隼人が死んだことで、隼人の犯罪はうやむやのまま、

警察は立件を見送った。


もちろん、その影には河本が起こした“内部分裂”があり、

警察はそのことで人員を割かれたため、捜査が出来なったという背景もある。


河本は本当に、あたしとの約束を守った。



あたしとマツ以外、誰も本当の“小林隼人”なんか知らない。


確かに隼人は“犯罪者”で、許されることじゃないけど、

それでもあたしの知ってる隼人は、いつもあたしに優しく笑いかけてくれていた。


弱くて、どうしようもなくて。


最期は愛した女の為に、身代わりなって死ぬような男なんだ。





「…今日は暇だし、早めに閉めようか。
みんなも片付けて、先に帰りな?」


『はーい!』


あたしの声に、女の子達は笑顔で奥に消えた。



『…お前らも先に帰れよ。
俺は、コイツの酒に付き合うから。』


『じゃあ、ご馳走様です!』


マツの従業員達も、それぞれ散った。


あれほど賑やかだった店の中が、一気に熱を失って。



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