青碧の魔術師(黄昏の神々)
「ごめん。また君の意向を無視してしまったな。何故だろう……風に掠われて、いなくなると思ってしまった。気付くと君に……」

「良いですよ。あのキスにはシュリさまの心がこもっていましたから……」


『優しさがあったのです』


イシスは心の中で呟く。


「心……? 俺がか?」

茫然と呟くシュリに、イシスはフフッと笑む。


「私は言いましたよ。シュリさまは、感情が理解出来ないのでは無く、忘れようと努めていただけだと」


そしてイシスは、真っすぐな瞳をシュリに向けると、決定的となる一言を言ってのけた。


「抱きしめて下さった腕にも、重ね合わせた唇にも、心がこもっていました。切なくなる程の気持ちが伝わって来ました」


イシスが、シュリのすぐ側まで歩み寄って来て爪先立ちで見上げる。

蒼い瞳がわずかに滲んで、少女を、危うい色香の漂う女へと変身させる。


「男にそんな表情(かお)を見せるんじゃ無い。襲われても、文句が言えないぞ」

「良いんです。シュリさまなら私……。でも貴方は私にキス以上の事はしませんよ。きっと……」


イシスの瞳が悲しみに揺れる。

彼女には解っていたのだ。

いまだ、シュリはイシスにセレナを重ねて見ているだけだと。


『いつかは、私自身を見て欲しい……』


憂いを帯びた瞳が、シュリを釘付けにする。


『何故だ? 何故こうも彼女が気になるんだ?』


二人はお互いを見つめ合う。

全く違う葛藤を心に抱きながら。




遠くから、誰かが呼ぶ声がする。

それは、


「姫さまー。どこにおられますかー」


と言う女の声。

多分、侍女か何かだろう。

イシスを捜していた。
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