優しい気持ち
初めて彼と会話することができた。イメージどおり、おどおどした感じの口調だった。

いつも一方的に見ているだけの勝手な関係。会話を一つできた、それだけでも私にとっては大きな進歩だった。

照れ性だった私は、話ができた、その事実だけで、舞い上がっていた。でも、自分からは何も言えなくて。

ちらっ、ちらっと彼を見ながらモジモジしていると、また話しかけられた。

「あの、高井戸までどれくらいあるかわかるかな?」

「あっ、二つ先です。バス停は・・・と。」
私は右斜め前方を指差し、向い側のバス停を教えてあげた。

その日以来、私と彼は帰りのバス停で会釈をするようになり、気がつけば一緒の席で帰るようになっていた。

「部活はどうだった?」

「きつかったです。もう、下坂監督がはりきってて。次の東北大会はベスト4に絶対入るんだ!ってうるさくて。」

「下坂先生?あの日本史の?」

「はい。」

「あの先生ってハンド部の顧問なんだ。へぇ、知らなかった。」

「日本史とってました?」

「いや、僕は地理だったから。歴史はちょっと苦手で。」

「あっ、そうなんですか。」

初めの頃は何を話しても楽しかった。彼のことを何でも知りたいと思っていた。私は部活のことを、彼は受験勉強のことを話しながら夢を語っていた。

「でね、男子ハンドの柏木君っていう一年生がいるんですけど。」

「うん・・・。」

「その子がものすごく上手いんですよ!」

「へぇ、そうなんだ。」

「ベンチにはもう入ってるんですけど、今度の大会ではスタメンでいこうか、って監督が言ってるぐらいなんです!」

「そう・・・。」

ただ一つだけ、気にかかることがあった。

それは、私と彼以外の話には全くと言っていいほど無関心な態度をするところだった。旬なドラマの話をしても、友達の話をしても表情をぴくりとも変えない人だった。

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