優しい気持ち
《ピロリロリン♪ピロリロリン♪・・・》

電話が鳴っている。
誰からだろう、私はカバンから取り出し、確認した。

「あっ!・・・。」

店長からだ。忘れてた。

《もしもし、俺だけど。》

「はい、トモです。」

《お前、今どこだ?もう客のところ着いたのか?》

「あっ、はい。今部屋にいます。」

《部屋に入ったら、電話一本入れるって決まりだろ!》

「・・・。すいませ、忘れてました。」

《忘れてましたじゃ、困るんだよ!》

「はい・・・。」

《風俗業なんだからな!何か問題起こってからじゃ、こっちが困るんだよ!》

「・・・。」

《それで何分だ?》

「五十分です。」

《あー、そうか。今日それでラストな。》

「・・・。」

《明日は十六時からね。》

「はい・・・。」

《客満足させてやるんだぞ。それで今日帰っていいから。じゃあ、お疲れ。切るぞー。》

「お疲れ様です・・・。」

電話を切り、バックの中に入れる。何でもないただの仕事の電話なのに、やけに疲れる。

「はぁ・・・。」

耳の奥にとどく、お笑い番組のにぎやかな声。
私もあんな風に笑えたらどんなに楽しいだろう。たった一つの心の傷のせいで、何も感じない、何もうれしくない、何も楽しくない。
あの日以来、ずっとこんな感じだ。

≪過去を消すことができるなら・・・≫

時々そんなことを本気で考えてしまう。でも、もしできるなら・・・。

床に転がったナイキのマークが擦り切れたバスケットボール。泥が少し付いている。

まるで私のようだ。

心がすり減って、体は穢れて。昔は違ったのに。何事にもひたむきに取り組めたのに。

≪あの頃からやり直せるのなら・・・≫

昔に戻りたい。ほんとはこんな仕事したくない。でも、誰も信用できない。誰も私を理解してくれない。被害者は私なのに。

「・・・。」

自分の部屋でもなんでもない、ただのビジネスホテルの一室。不思議と色んな心情が表に出てきた。
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