マリオネット・ワールド <短>
まもなく、独特の音声が終着駅への到着を知らせると、列車はゆっくりとその速度を緩めていった。
女の瞳に映る景色も、ただの流動する筋から、次第にはっきりと認識できる個体物へと変わっていく。
男は、無駄ひとつない完璧な仕草で本を閉じ、シンプルだが高価そうな四角いカバンの中にしまいこむ。
列車が完全に動かなくなって、正しい時を刻む外の世界へと続く扉が開くと、二人は立ち上がる。
扉の前で待つなどという、セッカチなことはしない。
この二人は、生き急いでなどいないのだ。
ただ単に、何の抵抗もせずに“人生”という名の風に流されている。
それだけの話。
女が前を向き直し、立ち上がる。
向かい側で、男も同時に立ち上がる。
その一瞬――
ほんの一瞬、二人の瞳には、互いが映し出された。
誰が気付くこともない、ほんの数秒。
二人の全身に、理屈ではない直感が駆け巡る。
“あぁ、似ている”と――
女は、相変わらず表情の読めない目をしながら、口元を吊り上げる。
男の方も、黒いフレームの奥にある瞳の色は変えぬまま、同じ仕草を演じる。
この時、決して交わることのない平行線上を歩く二人が、
今、初めて絡み合おうとしていた――