切なさに似て…
今思い起こしてみても、自分でもわからない。

なんにしろ、彼は私の心のずっと奥まで、侵食して行った。



『愛してるっ…』

その言葉に含まれた乱れた息遣い。


私の頭を、広い胸板に押さえ付けて。

自分の指に私の髪を絡める。

すーっと意識が誘われるスカルプの香り。


その口調に。

その仕草に。

その香りに。


溺れそうになる意識に、私は疑いさえ感じなかった。


何で、この情事が土日にしか行われないのかなんて。

疑問には思わなかった。



『愛してる』

それしか信じていなかった。


その言葉に、嘘なんかない。

信じ切っていたのは。



その名前にそそられたのか。

漆黒の髪と瞳に絡まれたか。

あの低いしわがれ声なのか。

それともスカルプの香りか。

はたまた、大人の雰囲気か。


“大人”は身勝手だと、わかりきっていたのに。

[伸宏]を疑うことなんて、考えてなかった。


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