切なさに似て…
出勤前、部屋を出る間際。私がつけた香水は、昨夜貰ったカシスの甘い香りではなく、自分が愛用している香水。

『柚果っぽい』その台詞を思いだしたら気恥ずかしくて、つけられなかった。


箱ごとポーチにしまい込んだ香水は、いつかつけようとは思ってはいるけれど、多分ずっとずっと先。

お揃いのネックレスチェーンと同じように、いつまでもつけられないで眠っていることだろう。

包まれたままのネックレスチェーンと、箱に入れられたままのジッポ、ちぎれたイニシャルのキーホルダーと一緒に。

ポーチの中で、今か今かと、出番を待ち続けるんだ。


唯一、つけられたお揃いのストラップ。それをつけたのは私じゃなくて信浩だったから。

それは外せないでいるだけで、信浩がつけてくれなかったら、ストラップもポーチの中に入れられたままだったはず。



着替えを済ませ事務所へ入ると澤田さんが所長に向かって、物凄い剣幕で大声を張り上げている。

「一体どうなってるのかしらっ!」


まだ7時45分前。

怒られるようなことはしてないし…。

私のことではないんだ、ということだけはわかる。


どうかしたのだろうか?
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