切なさに似て…
見慣れた赤茶色の外壁の下。

私はタクシーの座席から、レナの手を握りを引きずり降ろし、財布から出した樋口さんを治に手渡した。


「多い」

5千円札を突っ返す治に。

「じゃ、飲み代と迷惑料と、…情報料ってことにしてよ」

「…わかった。信浩によろしく」

指に挟んだ樋口さんをヒラヒラさせ、嫌味っぽくたっぷりな含み笑いをした治は後部席へと移動した。


「…それは考えとくよ」

私は顔を顰め、愛想なく答えると、腰を曲げ車内を覗く。

「治も麻矢も、遅くまでありがと。また…、電話するよ」

苦い笑いを見せた私に2人は、待ってると、笑顔で快く返答した。


タクシーのドアが、バタンッと勢いよく閉まり、そのまま発車したタクシーは見えなくなった。

冷たいレナの手を包み込んだまま、私はひっそりとしたマンションの入り口を潜る。


どう足掻こうが、私の帰る場所はここしかないなんて。

切なさで左胸が暴れまくっても、寒いだけだ。
< 282 / 388 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop